2008年6月29日日曜日

濾波継電器

未整理収蔵品の中から面白いモノを見つけました。
「濾波継電器」というモノですが名前を聞いてもピンと来ない方が多いでしょう。
リードセレクタと云って良いのかどうか。
特定の音声周波数(これは1200c/s)を入力すると組み込まれた音叉が共振しリルー接点に信号が取り出せるモノです。
音叉の共振を利用することにより特定な周波数の信号を高感度に選択することができます。
これと同じような動作をするリードセレクタやIC化された商品は今でも盛んに使われています。電話のピッポッパッと云う音を聴きわけ特定の相手に接続するトーンデコーダの原点です。
この製品は日本測定器株式会社昭和17年10月の製品です。
この日本測定器株式会社においてこの「濾波継電器」を開発したのが現SONYの井深大氏なのです。戦後この仲間が東京通信工業・SONYを設立することになります。
同社の設立趣意書に記載されている周波数継電器がこの「濾波継電器」です。
<http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/prospectus.html#top>
動作を試みたところ残念ながらコイルが断線していました。写真では判りにくいですが磁気バイアス用マグネットにさびが発生しカバーの一部が膨れています。
いずれ詳細を発表したいと思います。

2008年6月27日金曜日

秋葉原でまた!

秋葉原でまたナイフによる傷害事件が起きました。
実は今回もその前日25日にその付近を歩いていました。前回6月8日の前日7日にもそこを歩いていたので町の様子も気になりました。
相変わらずの人通りの中に目立つのが警察官の姿。2人一組の警察官に何回となく出会いました。
でもそれは表通りだけ。裏通りはいつもと変わらぬ秋葉原の空気でした。
翌日newsを聞いてびっくりです。
2回も一日違いで難を逃れていますが家族からは危ないから行くなと云われる始末です。
最近、若い人が護身用と称してナイフなどを持ってる、そういう人が多くいると聞きます。
この場合、たいていの場合が過剰防衛で相手を傷つけあるいは殺し、身の破滅になることが多い。
護身用なんて云うこと考えずにおおらかに町を歩いてほしい。
まだ秋葉原は怖い町ではないと信じたいのです。
信じたいのとは裏腹に秋葉原の町は音を立てて変化しています。あと10年もすれば電気街のイメージはどうなるでしょう。
交通博物館はなくなり(大宮に移転)、秋葉原デパートもなくなり、古くから有る部品屋が入っていたラジオガーデンは3軒程しか店を開けず、ラジオセンタ、ラジオデパートも少し様子が変わってきています。
大型の電気店にも何となく陰が見え隠れしているように思うのは私だけでしょうか。
それに比べ怪しげなメイド喫茶、メイドOO、フィギアと云う変な人形屋、ゲームセンタ、パチンコ屋は異常と思えるくらい賑やかです。
マスコミの言葉も電気街から「オタクの町」と云われることが多いのですがこれは気になります。「オタクの町」とは云って貰いたくないです。
秋葉原はラジオの町、ラジオ少年の町、テレビの町、そしてコンピュウタの町、ロボットの町、と呼ばれる先端技術に興味を持つ若者の街でありたいと思うのです。
世界に名を馳せた秋葉原電気街、これを歓楽街にしてはいけないと思うのです。
技術立国日本のイメージも低下し技術レベルが低下する中最後の砦秋葉原を守りたい!
秋葉原電気街をなくしてはならない。
マスコミの皆さんもう「オタクの町」という呼び方を使わないでほしい。
電気の町、技術の町、秋葉原を永遠に育てられないなら技術立国日本も崩壊でしょう。
寂しいことです。

2008年6月18日水曜日

マウスゲージ

デジタルハイトゲージ、補強が完了しました。
ステンレスの丸棒で添え木を入れました。この際名前も「マウスゲージ」に改めDIYにUPしました。
http://park15.wakwak.com/~ja1cvf/diy/height-gauge/height-gauge.html
たった一本の添え木ですがその効果は絶大です。
お小遣いの節約のつもりで作ったのですがその手間を考えると既製品は安いなあと感じます。
創るのも楽しみのうち、そう考えればDIYは最高の趣味でもあります。
うまくいかない挫折感と完成したときの達成感。
狭間で揺れるのも楽しみのうちです。

2008年6月14日土曜日

地震

今朝、出かけようと玄関先を出たときなんだか足元がおかしい。別に体調が悪いわけでもない。
気がつけば電線がゆれ、アンテナも揺れていました。これは地震だ!
家に戻りTVを見たら岩手が震源。かなり大きいようだ。
緊急地震速報も出たらしいが私はそれを今回も見ていませんでした。関東では心の準備が出来るだけの時間があったようで、本来の目的を果たしたようです。関東では震度3、被害が出る程の大きさではなかった。
しかし、震源に近い所では当然のように時間の余裕はなかったようです。
これはP波とS波の進む早さの違いを利用して本震が来る前に情報を出そうとするモノで、決して予報や予測ではない実況の情報ですから震源に近い所ではその差が少なく間に合わないのです。
本来、震源に近い危険なところほどこの情報が欲しいのですがそのような地域では絶対と云っても良いくらい間に合わないのです。
もっともこれは人間の話でコンピュウタにコントロールされてる機器では僅かでも時間差が有れば地震による暴走を食い止められるのかも知れません。
緊急地震速報は既に何回も発令されているのですが私はまだ一度も見た(聴いた)ことがないのです。
その方が問題かも知れません。

2008年6月13日金曜日

いざ使ってみれば


マウスとノギスをベースにしたデジタル・ハイトゲージ作ってみましたが見た目はユニークでチョット面白い。持った感じもなかなか具合良い。満足満足!と悦に入ってたのは僅か数日のみ。

使ってみるとあらが見えてきました。
剛性不足です。最長使用範囲は僅か150mm。罫書いてみると尺がかなりたわんでいます。これでは使えません。

何とかしなければ・・・補強に使えそうな丸棒が・・・古いプリンタの残骸をばらして取り出しました。

これでダメなら最初からやり直しです。

頭の中で考えたこと、紙に書いたこと、実際に使ってみたこと。
やはり使ってみないと判らないことがあります。
補強がうまくいくと他の弱点が見えてくるでしょう。大丈夫だろうか?

簡単に見えても難しいモノがある・痛切に感jています。

2008年6月8日日曜日

秋葉原

昨日の昼頃私は友人と秋葉原の中央通りを歩いていました。
それから24時間後、同じ秋葉原の中央通り・まさに同じ場所で通り魔殺人事件があったのです。
相手は誰でもよくであった相手を7人も刺し殺したのです。
この事件を知ったのは発生直後TVの中継で知りました。
TVの画像は私のよく知ってる場所、TVに映し出された画像の中にはよく知ってる店名も有ります。
実は秋葉原へ行くのは今日6月8日の予定でしたが予定を変更して昨日行ってきたのです。
今日でなくて良かったと思う反面、近頃の秋葉原はどこかおかしいと感じていたのも事実です。

もう10年以上、20年に近いでしょうか電気街の一角にパチンコ店が出来ました。
近所のお店の方たちもはっきり口には出さずとも不釣り合いな店だなあといっていたのを聴いています。「こんな所にこんな店出来ても客なんか来ないよ」と云う言葉と裏腹に次第にお客さんが集まり始めたのです。
まさにその時から電気街の異変が始まったのでしょう。
最近TVの放送で「オタクの町」というような呼び方をされます。とても不快な呼び方です。
一つのパチンコ屋が始まりでゲームセンタ、フィギィアショップ、漫画喫茶、メイド喫茶、そしてもっとおかしなアングラ店と、とどまる所無く無防備の電気街は巨大歓楽街へと変化しているのです。

世界にその名を轟かす「秋葉原電気街」昔ながらの電機部品を売る店は元気が無く、土日は休みの店が多くなり、今までと違った人種が闊歩して元気そうに見えるジャンクやからは異国の音楽が聞こえ異国の会話が飛び交い、外国訛りの強い日本語で応対する店員とやりとりする日本人たち。売られてる商品も電気とは関係ない商品が大量に混ざっているのです。
ここはどこなんだ!
日本の商店街政策がことごとく失敗してるにもかかわらず改める気遣いはなくただただ時代に押し流されているの。
そして最近は恐喝だの傷害だのいろいろ、昔はなかった事件が頻発してるという。
ラジオ少年と云われる中学生が大人に混じって少ない小遣いを握りしめ買い物していた時代が懐かしい。
世界に情報を発信するIT産業の町を創造すると再開発された秋葉原・なんだか違う方向に、悪い方向に動いている。
世界に誇る技術立国も気がつけば技術後進国に成り下がり。それでも未だに最先端技術を持つ日本と信じてる人が多いのも困ったことです。
認識して下さい!日本の最先端技術はいつの間にか外国に追い越されてるんです。
世界の電気街も無法歓楽街になり、技術後進国になってしまった日本を再認識して貰いたい。
そして、技術先進国の地位を再び取り戻したいモノです。