2010年8月12日木曜日

新餘部鉄橋

無くなる前に見ておきたいと餘部鉄橋を見に行ったのは昨年の11月。
そのすぐ隣りで工事をしていた新餘部鉄橋が出来たと新聞に写真が出ていました。
今度は鉄筋コンクリートなので”鉄橋”と呼ぶのは変だが、新聞の表記はどうなっていたか見落してしまいました。
冬の季節風で列車が転落して大事故を起こした。それがきっかけで新餘部鉄橋が出来たのです。強風の対策もされたというのですが素人目にはよく判りません。
路盤の下から吹き上げる風が悪さをするのだろうか。新餘部鉄橋は線路の下が塞がれていたと記憶しています。強風で列車が転覆する事故は数えてみると結構あります。
地下鉄東西線、山形の事故、等が思い出されます。
その対策と云うことで地元は喜んでいます。
しかし、歴史に残る建築物が無くなるのは寂しい。
すぐ壊して造り直す日本の建築・・・木造の建築が身に浸みているためでしょうか。
伊勢神宮に見られる20年毎の式年遷宮も一つの日本文化なのだ。
伊勢神宮だけの行事かと思ったらソウではない。各地でその習慣があるらしい。
何百年も使い続ける文化と20年毎に新築する文化。不思議なモノです。

2 件のコメント:

ロンちゃんパパ さんのコメント...

現地の役場のホームページに写真がありました。
http://www.town.mikata-kami.lg.jp/www/contents/1179742996109/index.html
鉄橋はほぼ撤去され、新たな橋梁の完成が間近のようです。
都内でも築20数年のビルがアチコチでスクラップにされてます。
企業のソロバン勘定だけで破壊することに疑問を持っていますが、多くの人は不感症なのが残念。

エフ さんのコメント...

橋梁は良い言葉。
昨年見たときはふたつ並んでいたのが撤去されてしまうと寂しいモノです。路盤を風が通り抜けないようにしただけなのですがこれで吹き上げが防げる・・・
>企業のソロバン勘定だけで破壊することに疑問を持っていますが、多くの人は不感症なのが残念。
先日も港区で昭和の初めに作った小学校を解体する話がありました。今頃無惨な姿を曝していることでしょう。
古いモノを大切に使うのは日本人の美徳かと思っていたのですがいつの間にかお金が無くなり始めた成金の最後の浪費に見えます。